マニラの夜遊び おすすめホテル シェラトンホテル(旧パンパシフィックホテル)

 

クレイジーマニラの記事は、実際の旅行や取材を元に記述しています。小説風のストーリ仕立てで記述していますので、過去の記事を参照頂けると話の内容が理解しやすいかと思います。また、登場人物の名前等は仮名を用いているところがあります。

 

[レンジブログ前回のあらすじ]

フィリピーナの元彼女マリーの生い立ちについて。ミンダナオの漁村で育った彼女はいろいろと苦労してきたようです。前編と後編に分けてエピソードを紹介、その前編。

[前回記事]
【レンジブログ160】マニラで出会ったフィリピーナの生い立ち(前編)

 

レンジブログは第三章で完結しています。

そして、それ以降のエピソードが「オノケンブログ」の内容になります。

オノケンブログ

[オノケンブログ第一話]
オノケンブログ第一話「転落と後悔」
オノケンブログ累計400万PV達成 第一話へ

また、レンジ個人のその後のエピソードは「外伝」という形で記述しています。

ここまで三つの外伝がそれぞれ完結しています。

 

 

【レンジブログ161】マニラで出会ったフィリピーナの生い立ち(後編)

 

 

以下のストーリーは、過去にマリー本人から聞いたものを活字にしたものです。
彼女の生い立ちを前編と後編に分けて記述していきます。
【レンジブログ160】マニラで出会ったフィリピーナの生い立ち(前編)

 

 

ーー父親が船を売り払って手に入れた一時金。

妹は無事に回復し、久しぶりに家族に笑顔が戻った。

お腹いっぱいになれる食事の量。この時だけは皆遠慮せず食べた。

 

幸せだと心から感じる時間が再び。

 

マリーもたまに午前中だけ、学校に通い始めた。

基本午後はマーケットのアルバイトだが、日常が戻り始める。

 

神はやはり私たちを見守ってくれている。良かった。

 

父親は船の売却費を生活費と娘の医療費に充て、その残りを「自転車トライシクル」の購入費の頭金にした。

 

フィリピン 自転車 トライシクル

 

半年のローン。仕事を漁師からトライシクルドライバーに変えた。

漁師の稼ぎよりは減るが、一日中自転車を漕げば、家族は食える。

飢えることはない。

 

父親は漁村から市街地まで、片道10キロを毎日通った。

日の売り上げは平均して200ペソから300ペソ。

通勤を含めると相当な体力の負担だったが、家族のためを思えばペダルは重くない。

 

母親も外へ働きに出る。マリーのマーケットでのバイトを引き継いで、家計を少しでも助けた。

 

マリーは申し訳なく感じながらも、学校へ満足に通えるようになった。

 

ーーそれから三年後。

 

マリーは高校へ進学した。

 

また漁村では、ここ最近は漁獲高が回復し、俄かに賑わいを取り戻しつつあった。

 

フィリピンの魚市場

 

父親は漁師として再出発するつもりだった。

自転車トライシクルはそのローンを返し、「オートバイのトライシクル」へ変わっていた。

根は働き者だった。

この調子でドライバーの仕事でお金を貯めて、船を買い戻そう。再び漁師として家族を食わせるんだ。

家族も皆、父親の前向きな姿勢を慕い、尊敬、応援していた。

 

ーーしかしそのような折、またしても家族に不幸が起こる。

 

父親が仕事中に交通事故に遭い、大きな病院に運ばれたと言う。

かなり危険な容態だと聞き、マリーと母親は急いで病院に向かう。

 

ーー通されたのは集中治療室。

父親の容態は見るからに悪かった。

トライシクルの仕事中にお客を乗せていたところ、トラックに接触し、後続の車にも轢かれてしまったらしい。

 

フィリピントライシクル

 

客は重傷、父も下半身を潰されていた。

病院に運ばれた時には意識はなく、一時的に重体に陥り、命の危険があったらしい。

今は麻酔のために安静だが、すでにその両脚は大手術を受けた後だった。

 

マリーは憤慨した後、深く感謝した。

なんと酷い仕打ち。でも、ありがとうございます。

父は生きています。

今後の生活よりも、とにかく父親の命が無事で良かった。

目が覚めたら、なんて声をかけてあげよう。大好きなお父さん、きっと脚が無くなった事に気付くと悲しむだろうけど、私が側に居る。

生活は、お父さんも家族の分も全て私が稼ぐから大丈夫。

学校はまた生活が落ち着いてから再開すれば良い。今はお父さんが無事だった事を神に感謝しよう。

 

ーー数日後、父親の容態は落ち着き、意識も取り戻した。

当初は混乱していた父親だが、マリー達家族の見舞いによってすぐに笑顔を取り戻した。

 

ただ、時折。脚の先が酷く痛むと言う。

存在していない脚を思い出し、それでも働きたいと言う。

「再び稼いで、船を買い戻すんだ!」と夜中に叫ぶ。

マリーは父親とともに泣いた。

母親もマリーと父親に寄り添い、病室の中で三人で泣いた。

 

ーー父親の回復は思ったより早く、退院の日を迎えた。

これから彼は車椅子生活となる。

病院のものは高すぎる為、タイヤの付いていない車輪剥き出しの中古の車椅子が充てがわれる。

 

ここまで掛かった手術費、入院費は家族にとって大きな借金となった。

 

それでも、女性陣は気丈に振る舞った。

「これからは私たちが稼ぐわよ」と。

大丈夫、祈りは届く。

 

家に父親が帰って来ると、再び皆に笑顔が戻った。

しかし、残っているのは借金と稼ぎ方を失った父親。再び、食う事が満足に叶わない日々が始まった。

 

フィリピンの漁村

 

父親はやはり今後の人生が心配だった。

漁が出来ないことは未だ許せる。しかし一体、家族はどうなるのか。

 

ーーマリーも自身の置かれた状況はよく分かっていた。

借金を考えると、このまま就学など無理だった。

フィリピン国内でも学歴は重要である。このままではまともな給与の職には将来就けない。

自分の夢は捨てられるが、家族を養いたい。

 

マリーはこの時、メイドとして働く事を決意した。

皆にその旨を伝える。

父親はその仕事がどのようなものか分かっていた。しかし、反対することも、しないでくれとお願いすることも出来なかった。

今の家族状況で、唯一のまとまった収入を得られる手段だと皆分かっていた。

祖母と母親は同じ「女性」であるので、彼女の決意には複雑な想いだった。

メイド職は、女性の何よりも大切なものを差し出すことに等しい。

最愛の娘を他人に奪われることはどんな出来事よりも悲しい。

それでも家族には他に選択肢がなかった。

 

ーー当時まだ16歳。マリーは市内の外国人の裕福な家庭でメイドとして働くことにした。

仕事内容は高齢者の介護と、日常的な清掃や洗濯などの家事手伝い。

住み込みで休みはなく、日に250ペソの給与。

母親のパートの給与も合わせれば、一家は何とか食えるだろう。

 

フィリピン 富裕層の家

 

ーーただ、家族も本人も分かっていたことだったが、メイドに人権は無かった。

雇い主からの暴力は日常的に起きた。

その息子達からも。

 

マリーは泣かずに耐えた。

それでもいい。全ては家族のため。

私が得たお金で、家族に笑顔が戻る。

拒否すれば職を失うし、下手な態度を取ればその虐待はエスカレートするかもしれない。

これで良い。

その時だけ心を捨てれば良いだけ。

 

手段はどうであれ、お金がなければ私自身よりも大切な家族が苦しむ。

私がいくらでも家族のために稼ぐ。これからも。

全ては家族のため。

家族が居なければ、私は存在しなかったし、私はそうしたい。

家族を助けることができるのは今は私しかいない。

 

マリーはむしろ誇らしく感じているように努めた。

 




 

ーーそして、幸いにもマリーの状況は救われる。

メイドとして働き出してから数カ月が経った頃。

音信不通だった姉の一人が子どもを抱えて、突然実家に帰って来た。

外国人の夫とは離婚したと言う。

そして、彼女はそこで実家の家族の惨状を知る。

 

姉は子どもを家族に任せて、マーケットで働くと言う。今までの恩返しをしたいのだと。

マリーのこともいつも気にかけていた。

そして、すぐにメイドを辞めさせ、実家へ戻した。

 

ーー姉には多少の蓄えがあったようで、皆その援助を受けた。

 

マリーは高校を卒業し、専門学校へ進学することができた。

 

お姉さん、ありがとう。

 

そして、学生生活を送る中で恋に落ちた。

同じ学校ではなかったが、軍人を目指している青年。バスケットボールが大変上手で、地元の女子には人気の男性だった。

彼との交際は順調で、深く愛し合い、勉学を忘れることもあった。

 

身ごもった時には二人で喜んだ。

将来の旦那は軍人志望。戦地に行く可能性はあるが、今までのような不安定な生活から離れられるかも。

 

ーーしかし。

 

妊娠数カ月後、卒業を間近に控えたとき。

彼氏は逃亡。

マリーは彼の別れに絶望したが理解を示した。

 

それでも生まれた子どもは可愛いく、女の子。信心深いマリーは娘を「マリア」と名付けた。

出産後、初めて感じる幸福感に満ちていた。

 

フィリピンの赤ちゃん 子ども

 

私はこれからこの子のために生きる。

授乳の時に見せる笑顔、寝顔も夜泣きも、全てが愛らしい。

彼女の将来だけは、私のようになってはいけない。

マリーは娘と過ごす日々で、その思いを強く強くしていた。

 

ーーそして、出産から半年ほどした頃。

あるエージェントを名乗る人物がカガヤンデオロに滞在していることを知る。

友人の話では、何やら高待遇な職を紹介、希望者の面接をしているとのこと。

 

勤務地は、ルソン島の首都マニラ。

 

マリーは翌日、さっそくそのエージェントの元に向かった。

面接では、女性の外見が何より重要だったらしく、彼女の採用はすぐに決まった。

そして、マニラでの仕事内容や職業訓練、滞在場所の斡旋などの説明を受けた。

 

何より魅力的なその給与の額。決してミンダナオ島では稼ぐことが出来ないものだった。

マリーはマニラ行きを決めた。

 

セブパシフィックで飛び立つ

 

全ては生まれた子どもと家族を養うため。

愛娘と離れるのは今だけ。お金がまとまればすぐ戻る。

私は幸運に恵まれている。感謝します。

 

ーールソン島にはマリー家族の遠い親戚が住んでいた。マニラの北にあるパンパンガ州。

一時的にそこへ滞在して、エージェントからの連絡を待てとのこと。

 

マニラ空港からはバスを乗り継いで約5時間。ようやく叔母の家に到着した。

叔母とは幼少期以来の再会らしく、マリーにはその思い出はなかった。

 

このとき、叔母の友達の娘が同じような仕事で、マニラに滞在していると聞いた。

マニラのマラテというエリアで勤務場所も近いらしい。その娘さんは弟と同居しており、一つの部屋が空いていると言う。

 

数日後、娘さんから連絡を受けたマリーはトライシクルに乗った。

荷物は2日分ほどの着替えしかない。手持ちは500ペソ。

まずは、最寄りのバスターミナルへ。そこからクバオのバスターミナルへ向かい、マラテ行きのジプニーに乗った。

 

土地勘が無く、ビサヤ語訛りのため、緊張しながらの移動だった。

 

待ち合わせ場所のモールへ到着。

電話を待った。

 

フィリピン マニラ モール

 

しばらくすると、女性が現れ自己紹介を受ける。

マニラ出身で、年齢はマリーより三つ上だと言う。何より優しそうな人で安心した。

 

彼女に導かれ、徒歩五分ほどのところのコンドミニアムへ。

立派な高層ビルだった。

部屋は三人暮らしのシェアルームで、一月の家賃は一人4,000ペソだと言う。

近日中にメイドを雇うらしく、彼女から「同居人は増える可能性がある」ことも説明された。

仕送りはもちろん、自身の食費も考えると、それ以上を稼がなければ。マニラは全てが高い。

でも大丈夫。

私には良い仕事が待っている。

 

フィリピン マニラの街の絵

 

ーー同居人の彼女との親交はすぐに深くなり、次第に何でも相談するようになった。

そして、仕事を始める前夜。

彼女の「ボーイフレンド」が明け方のクラブへ行こうと誘って来た。相手はどうやら外国人らしい。

 

待ち合わせ場所は繁華街にある高級ホテル前。

 

歩いて近いところだが、ここはマニラ。

そして外国人に会う。注意しなければ。

 

警戒しながらそこへ向かった。

 

フィリピン マニラ ホテル

 

エントランスで待っていた日本人たちは笑顔で挨拶してきた。

 

簡単に心は開けない。

彼らは親切な振りをしているだけかもしれない。

 

一人の名前は「レンジ」と言うらしい。

 

変な名前。

 

ぽっちゃりのキモい男性だ。

 

早く帰りたい。

 

 

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[この時のレンジブログ、レンジとマリーが初めて出会った日]
【レンジブログ32】プライベートで、フィリピン超絶美女二人との出会い

 

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レンジ
オノケンと同じ会社の先輩であったレンジ。数年前からマニラを訪れるようになり、やがて現地法人を持つまでに。趣味は海外サッカーTV観戦。 実体験に基づいたフィリピンにおけるマニラの闇、貧困と格差、現地ビジネスなどオノケンとは違う視点の記事をアップしていきたいと思います。

22 コメント

  1. なんだか悲しくて泣けた。
    けど、クレマニとフィリピンがもっと好きになった。
    最後の下りがまた最高でした!

  2. うますぎる。読んでると経験したわけでもなく見たわけでもないのにボンヤリ頭にその景色が浮かんでくる。

  3. リアルな描写にかんがえさせられました。この内容はブログ越えてますね。
    途中、読むのが辛いところもありました。でも最後にまとめるレンジさん、お見事です^^

  4. この記事もまた凄いですね!
    レンジブログにハマってますが、小説みたいな伏線にビビりますね!

  5. まさかクレマニで泣かされるとは…
    思わず引き込まれてしまい、彼女の過去を想像しました。
    あまり無責任なことは言えませんが、本当に幸せになってほしいですね。
    これからの話も楽しみにしています。

  6. フィリピンに赴くことが無ければこのような現実も知らないまま日本で過ごしてたのかなと思うと感慨深い

  7. クレイジーマニラはもっと評価されるべき。このブログより上位でここより面白いのは無い。
    とっくに海外ブログ一位でしょ。それとも更新頻度の問題? 夜遊びネタ中心だから?
    でもこの回みたいに広く読んでもらいたい記事も多い。特にレンジブログ。
    頑張れ!

  8. 貧富の差が激しいのはマニラの市街地でも良く見かけますよね。
    コンビニ前で湿った段ボールの上で寝てる一家とか。
    物乞い全てに対応するのは無理ですけど、なるべくコインを持っている時は渡すようにしてます。

  9. 不幸の全ては救えないが救える不幸は出来るだけ救いたい…
    と言い訳しつつ、レディースドリンクを今夜も死ぬ程おごらされる私、とほほ泣

  10. レンジblog32から読み返しています。

    マリー特集。。。ネタだけなのか?

    予測が難しい。

  11. フィリピンではしっかりODAしたいと思います。その分日本では節約生活です笑
    でも、大変な生活ながらフィリピーナの笑顔や明るさは何なんでしょうね… それが魅力の一つです。

  12. レンジブログは書籍にしてちゃんと通して読みたい。
    ここのブログ、電子書籍と考えればかなりレベル高いので需要は増える。
    その辺の作家さんより十分上手いよ。
    出して貰えれば、通して読みたい。マジで。

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