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東京のフィリピンパブイメージ

 

 [ウメブログ あらすじ]

 

皆さん、初めまして。

クレイジーマニラの『ホレ担当』のウメと申します。

この度、新しくブログライターの末席に加えて頂きました。

 

クレイジーマニラ ブログライター『ウメ』似顔絵
[ウメ似顔絵]

 

年齢50歳後半、元会社経営者です。

約30年前、20代の頃に日本のフィリピンパブにハマり、フィリピンへ通うようになりました。

 

日本人と2回目の結婚をした後、早期リタイア。

しかしやる事も無く、オンラインゲームにハマってしまい、部屋からほぼ出ないというネトゲ廃人の過去を持ちます。

 

そんな生活の中、友人に誘われて仕事でベトナムへ。この頃には2回目の結婚も破綻していました。

 

ベトナムで働いた後、日本でサラリーマンとして再スタート。

 

そして現在、再びフィリピンへ……。

 

ウメブログ。

かなりのボリュームになりますが、どうぞお付き合いください。

 

クレイジーマニラの記事は、実際の旅行や取材を元に記述しています。小説風のストーリ仕立てで記述していますので、過去の記事を参照頂けると話の内容が理解しやすいかと思います。また、登場人物の名前等は仮名を用いているところがあります。

 

※クレイジーマニラでは現在まで、以下の三つのブログがメインコンテンツでした。

 

オノケンブログ累計610万PV達成 第一話へ
オノケンブログの第一話はこちらから
【オノケンブログ1】転落と後悔

 

クレイジーマニラ レンジブログ
レンジブログの第一話はこちらから
【レンジブログ1】日本人経営者と私、フィリピンでの入国審査へ

 


ポットブログの第一話はこちらから
【ポットブログ1】タイで起業!先輩の誘い、女を求めてフィリピンへ!

 

 

上記に、今回から『ウメブログ』が新しく加わります。

内容は全く新しい連載物で、オノケンブログ、レンジブログ、ポットブログとは別ストーリーになります。

 

半世紀以上を生き抜いたウメさん。

彼がどのような人生を歩んできて、そして現在どのように生きているのか。

過去の日本やマニラの様子も含め、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

それでは、ウメブログをスタートさせていただきます。

 

 

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[ウメブログ プロローグ]

 

 

ーー彼はフィリピンで土方の仕事を始めた。

 

朝仕事に出て、昼食は嫁さんが届けてくれる。

そして夕方まで砂利道の道路の整備。

すべて人力。スコップだけで轍と穴が開いた所に砂利を入れていくだけ。

単純だが暑さも手伝ってとても過酷な仕事である。

 

それで貰える日当は150ペソ。約300円。

 

普通の日本人ならそんな日当で働けないだろう。

 

しかし、彼には高いモチベーションが有った。

 

ただひたすら、

『日本に帰って金を稼ぎ、嫁の家族を幸せにしたい』

と。それは強い強い思いが有ったのだ。

 

ーー毎日毎日、同じように道路整備に精を出す。

月に約3500ペソ。

腐らず日々仕事に行く。

 

ーー半年もした頃。

さすがに心が折れかかった時があったそうだ。

 

彼は言う、「その時、神様と嫁さんに救われた」のだと。

 

そう。

彼に子どもが出来たのだ。

 

ーーモチベーションを取り戻し、気が付けば1年半。

 

やっと日本へのチケットが買えるお金が貯まった。

 

チケットを買った日は余りにも嬉しくて、声を出して泣きじゃくったそうだ。

嫁も親族も一緒になって泣いてくれた。

 

「日本に戻って、またフィリピンへ帰っておいで」

 

彼の戻る日を楽しみにしていると言ってくれた。

 

ーー嫁とともに日本へ戻り、約5年。

借金を返済して、二人で貯めたお金が400万になったと言う。

 

そして、

 

「500万になったらフィリピンに帰るんだ!」

 

と笑った彼。

 

とても眩しく見えた。

 

あれから彼には会っていないが、もし会えるのであればぜひフィリピンで。

 

ピールセンで乾杯をしたいと願う……。

 

 

 

 

【ウメブログ1】日本のフィリピンパブの過去、マニラへ向かうきっかけ

 

 

ーー時は遡る。

 

約30年前。

この頃の日本、東京はフィリピンパブ全盛期。

あちらこちらにフィリピンパブがあった。

しかも現代のフィリピンパブとは違い、アルバイトなどはおらず、全てタレントという素晴らしい環境。

 

そして、私の知人にもフィリピンパブ関係者がいた。

親しい先輩の一人が、フイリビンパブのマネージャーをやっていたのだ。

そこは、東京下町の繫華街でもない最寄りの駅も無いような所。

 

昔のフィリピンパブのイメージ
[当時のフィリピンパブイメージ]

 

30坪程度の箱でタレントが15人程度。

それでも結構な客が入っていて繁盛していた。

 

ーーある日。

そこへ後輩の『安川』を連れて行く事になった。

 

私は彼に、

「適当に遊ぶのはいいが、ハマるなよ」

と念を押した。

すると安川は、

「さんざん韓国パブで遊びつくしているから大丈夫です!」

との事。

 

ーー店に入り、指名無しで適当に女の子を回してもらう。

 

安川は最初についた子が気に入った様子。

その子の名は『ラン』。

今回が4回目の来日だと言う。

ベテランの部類に入る女性で、日本語もペラペラだった。

 

ーー3セットほど楽しんで、お会計。

安川よ…… なんとと言うか、やっぱりと言うか。

ランにハマったようだ。

まだ帰りたくない様子を見せる。

彼は「ハマって無いですよ」と笑っていたが……。

 

ーー安川は、後輩であり私の会社で働いてもらっている社員でもあった。

元気な好青年。多少ヤンチャなところはあるが、愛嬌のある人物である。

 

フィリピンパブにハマった後輩
[安川の似顔絵]

 

初フィリピンパブの後、休憩時や昼食時、彼は私にフィリピンの事をよく聞いてくるようになった。

当時は『まぁ仕事に影響しない程度なら良いか』と考えていた。

 

ーーそして、四日程経った夜のこと。

 

例のピンパブのマネージャーから電話があった。

「安川君があの日の翌日から毎日ラストまでいるぞ」

との事。

さらに、

「今日も今いるよ。あの子大丈夫?」

と言う。

心配になって知らせてくれたようだ。

 

あー、やっぱりハマったか。

まぁ離婚したてで独り者だからしばらく放っておくか。

 

ーー当時のフィリピンパブについて。

女性タレントは今ほどスレておらず、素人に毛が生えた程度。

フィリピン人特有の優しさと美しさがあり、オッサンたちはこぞってハマっていた。

これで家庭を崩壊させてしまったオッサンは世に多かったと思う。

 

安川がハマるのもしょうがないだろう。

経験した事のある方もおそらくたくさんいると思うが、フィリピンパブ遊びは、パチンコやタバコなどと同じような『一種の依存症』になる。

「今日は行かない」と決めたのに、家にいるとソワソワして無性に行きたくなる。

そうするともう我慢が出来ない禁断症状が出てくる。

完全に病気である。

 

東京のフィリピンパブイメージ
[当時の繁華街イメージ]

 

ーー2か月ほど経過したころ。

安川が昼間の仕事中にあくびばかりしている。

そう言えば、彼から最近フィリピンパブの話題を聞かないようになったなと思っていた。

 

「安川、どうしたんだ?」

「ウメさん、お金が無くなってきて、お店に行けなくなって」

「さんざん、使ったんだろ」

「実は今、家にランが居るんですよ」

「なっ、何だと!?」

 

この頃のフィリピンパブ、所属タレントの管理は大変いい加減であった。

2DK位のアパートに8人位のタレントを住まわせて、店側の人間は居ない。

完全にタレント任せの様な感じであった。

仲良くなると食事へ行ったり、店が終わってアフターに行ったり、アパートへ迎えに行って連れ出したり。

本当に自由であった。

 

マニラのKTVのように、基本は本人の意思任せでベテランのババエが日本人に騙されないように忠告する感じだった。

 

「ランが家にいるってどういう事?」

「彼女が『お金がもったいないから店に来なくていい』と言うんです。『店が終わるころに迎えに来て、そして店が始まる前に送ってくれれば』と言うので……」

「お前、一体どんなスケジュールで生活しているんだ?」

 

彼が説明するには、朝5時にアパートへ迎えに行き、そのまま家に降ろし仕事へ来る、仕事が終わるとすぐ家に帰る。

すると掃除洗濯をしてくれて、夕食も用意してあり、それを食べる前に彼女を店に送る。

そして再度家に帰り夕食を食べて寝る、という生活を送っているらしい。

 

なるほど。それはあくびの一つも出るであろう。

 




 

ーーそんな生活を3か月過ごした安川。

ランが6か月の興行ビザが終わり、フィリピンへ帰る事になった頃。

二人は既に結婚の約束をしているのだそうだ。

 

そして、私に「結婚するにあたってフィリピンへ一緒に行ってほしい」、「フィリピンに一人で行くのは心細いので」と言う。

 

実は私もフィリピンへ行ったことはなかった。

彼も私も初フィリピン、初マニラ。

 

不安はあったが、行く事には興味があったので即答で同行することにした。

 

ーーこの時、私は日本人と結婚していた。フィリピーナ彼女が過去に居たが、別れていた。

よって初マニラでは、いろいろ遊ぼうと考えていた。

 

バッグに当時のバイブル『地球の歩き方-フィリピン編』を忍ばせて。

 

そして私と安川はフィリピンに飛ぶのであった。

 

 

[ウメブログ序章第一話終わり]

 

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ウメブログ序章 第2話「なぜこんな所にお前らが?」

 

 

オノケン
クレイジーマニラ ライター オノケン
ウメさん、よろしくお願いいたします! 私の親類にもフィリピン人と結婚された方がいます。このような時代背景があったのかと思いを馳せます。ブログ連載大変だと思います、本当にありがとうございます!

 

レンジ
クレイジーマニラ ライター レンジ
ウメさん、本当にありがとうございます! 落ち着いた序章スタートですが、すでに次話以降が気になりますね! さぁ、これからどうなっていくのでしょうか。読者としても楽しませて頂きます!

 

「ウメブログ楽しみ!」と言う方、応援クリックお願いいたします! ちなみに校正編集はオノケン、演出はレンジでお送りいたします。主演は新ライターのウメさん! 乞うご期待!!

 

ウメさんのツイッター(梅ちんさん@crazy_umechin)も是非チェックしてください!

 

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Ume
ウメは元経営者で、30年前からフィリピンへ通う超ベテラン。早期リタイア、二度の離婚、ネトゲ廃人も経験。クレマニのホレ担当。とにかく人に惚れやすい。都合が悪くなると逃げる、姑息な手段を使うなどゲスな一面も。

24 コメント

  1. 待望のウメブログ!!
    お待ち申し上げておりました!!

    なかなか出だしが面白いですな~~。
    期待しています!!

    • 怨霊さん
      いつもありがとうございます。
      皆さんに笑ってもらえる話を書いていきたいと思っていますので、
      これからもよろしくお願いします。

  2. ウメさんの世代はフィリピンで最も多い年代なので、また多くの方がお楽しみ頂けるのではないかと思っています。私も諸先輩方がフィリピンでどのような経験をされてきたか、しっかりと勉強させていただきます!

    • オノケンさん
      ありがとうございます。
      フィリピンにハマっていいく駄目ぷりを笑って下さい。
      頑張って書いていきますのでフォローよろしくお願いいたします。

  3. こんばんは。
    私の初渡比が1991年でしたので、梅さんと同時期と思います。当時は地方空港からマニラへの
    直行便もなく、またLCCもない時代でしたから香港や台北経由でバカ高い運賃払って行ってました。
    スマホも無い時代でしたから、地球の歩き方は必携でしたね(笑) 
    1ペソ5円時代のフィリピンのお話しを懐かしく拝読させていただきたく。楽しみにしております。

    • ドリアンさん
      コメントありがとうございます。
      私はたまたま東京の為、今と変わらないJAL便で行けていました。(便は1日2便だったと思います)
      同世代の人には共鳴をあったあったで笑ってもらえる、次世代の人にはへぇーーーって思ってもらえるような話を掲載出来たらと思っています。
      今後もよろしくお願いします。

  4. いや〜、なんだか、タイムスリップした感じが、ジワ〜ときますね。上手いですね。確かにそんな感じでしたよね。昭和のピンパブ。文章に昭和の香りと切ない感じがします。又、優しい感じがします。ハマる事は、今の時代も同じなんですが、でも、なんなんでしょうか?この昭和の感じ。好きです。

    • 小虎さん
      コメントありがとうございます。
      あの当時ハマったのって多分あの頃のピーナが純で擦れていなかったからだと思っています。(スレた最近のピーナにもハマるのですがww)
      子持ちのタレントも少なかったし。
      色々思い出しながら面白くしていきますので、これからもよろしくお願いします。

  5. はじめまして

    非常に興味の湧く初回ですね。
    気が付けば同棲・・・アッパレ
    次回が楽しみで困ります。。
    私は30年前やっと社会人になった頃です。。

    • 鳩麦茶さん
      コメントありがとうございます。
      気が付けばいい年をしてまだフィリピンに通っている自分が居ます。
      茶化した言い方をする人もいますが、フィリピンが楽しいので仕方ないです。
      まだまだこれからもピーナに惚れて笑える話を提供していきたいと思いますので、
      今後も応援よろしくお願いします。

  6. いよいよ始まりましたね。ワクワクドキドキです。
    実は私も50台ど真ん中なので懐かしい気分で読ませてもらいました。私は20代後半からなので若いころからハマったヤツですヾ(≧▽≦)ノ
    これからの展開が楽しみです。がんばってください!

    • Ackieさん
      ありがとうございます。
      同年代の方からあるあるを引き出せるような話を掲載していきます。
      共感してもらえる話も多いと思いますので、これからもよろしくお願いします。

  7. 当時の皆さんはフィリピンに行ってハマると言うよりも、
    ピンパブに行ってフィリピンに行く様になるって感じだったんですかね?
    安川さん始まりのフィリピンに、梅ちんさんがハマって行く姿を想像しながら、これからの記事楽しみにしています!

    • ミカエルさん
      こんばんわ。
      ですね、まだこの頃は海外旅行も今ほどポピラーでは無かったし、まして東南アジアにいく=女の図式があった頃です。
      今後の話でも出てきますが、当時は日本のピンパブでハマり彼女が出来て渡比するってパターンがほとんどでした。
      頑張って執筆しますのでお互いに頑張りましょう。

  8. Umeさん、昔懐かしい昭和のPパブ。
    あの頃はいろいろとおおらかでしたね。
    私も同年代なので、すでにあるある!盛りだくさんです(笑)
    私の住んでいるような地方の小都市にもたくさんPパブがあって
    おじさん達がハマりまくってました。
    これからのお二人の展開が楽しみです。
    日々の執筆も大変でしょうが、お体に気をつけて頑張って下さい!

    • G1Rさん
      ありがとうございます。
      同年代の方からの共感はとても嬉しく思います。
      また過去を思い出して書いているので違う所などあったらご指摘して頂けたらありがたいです。
      これからもよろしくお願いします。

  9. いよいよ始まりましたね!
    少し先輩の体験談とても楽しみです。
    更新は大変だと思いますが応援致します!

    • 東南あじあさん
      コメントありがとうございます。
      皆さんに笑っていただけるような話をドンドン書いていきますので、
      今後も末永くお付き合いください。
      よろしくお願いします。

  10. 執筆お疲れさまです。
    私も同世代、50代後半です。
    1980年代のフィリピンパブ、懐かしいですね~
    「ジャパユキさん」って言葉も流行ってましたね(^^;)

    何度か行った店の子から「明日フィリピンに帰る。渡したいものがあるので明日10時にアパートに来てほしい」と言われて、期待に胸と股間を膨らませて行ったのですが、引越しの手伝いをさせられただけでした。
    貰ったのは彼女の写真だけですが、今でも密かに隠し持ってます。

    • 555さん
      コメントありがとうございます。
      あの当時、スーパーとかに買い物に行くと沢山のピーナに遭遇したものでしたね。
      引っ越しを手伝いましたかw
      でもあの頃は不思議とお金の無心をされる事は無くただひたすらハマって店にお金を落とす感じでした。
      良い思い出にして現在を過ごされている方が懐かしく読んでもらえるのも嬉しいです。
      これからもよろしくお願いします。

  11. その頃の日本のフィリピンパブは、楽しかったのでしょうね。
    日本のPパブを知らずに現地カラオケだけの駐在生活を送っていたので、当時のいろいろな話が聞ける事が楽しみです。
    ちなみに、うめさんとほぼ同世代です。

    • Ninaさん
      コメントありがとうございます。
      そうですか、当時のpパブを知らないで駐在員っのも逆に楽しい発見が多そうですね。
      駐在員に憧れる私にとっては羨ましいです。
      未だにフィリピンのつながりがあるのでしょうか?
      人それぞれフィリピンへのハマり方は色々だと思います。
      現地の話になっていくので共感できる部分が有れば笑ってやってください。
      これからもよろしくお願いします。

  12. umeさんブログ楽しみにしております。
    昔のパブは良かったと聞きます。
    今のパブ嬢は難しいですよね泣

    • toshidesuさん
      コメントありがとうございます。
      日本のピーパブ嬢はアルバイトだと下手したら我々以上に稼いでいる子とかもいるので中々口説くってのも難しいですよね^^;
      当時は日本でもフィリピンでもババエがスレて無かったって事が大きいのだと思います。
      良いものを書いていきますのでこれからもよろしくお願いします。

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