レンジブログ

第四章 マニラ姫

 

 

プロローグ

 

『白馬に乗った王子様』

西洋の童謡では、ヒロインを救い出すヒーローはこのように描かれる。

 

女性は恵まれない環境に生まれ育ち、劣悪な労働を耐え、少額を家族に仕送りする。

心休まる瞬間は短い。しかし、どんな苦境でも明るく気は優しい。

奇跡を信じて過ごす日々。美しいその女性は今日も空を見上げる。

 

そこへ異国の地より舞い降りる王子。

 

マニラに舞い降りた日本人男性

 

30歳の時、初めてマニラへ訪れた私。まさにこれと等しい存在だと疑わなかった。

富や名声は無いが、ヒロインに手を差し出すことくらいは出来る。いつかは誰かをプリンセスとして迎え、優雅とは言えないまでも今よりは裕福さを感じてもらえるだろう。

以来、私はマニラで人生の多くの時間とエネルギーを費やした。日本から数時間の空路で見つけた新世界での冒険に夢中になった。

楽しいことばかりではない。危険と遭遇することもあった。命の火も情熱も尽きかけた。

しかし、彼女たちの笑顔を見るとこの上ない喜びを感じたし、もっと喜ばせたいと思った。

退屈な日本を離れてマニラの空気を吸うだけで勇者になった気がした。

新たな仲間も出来た。お互いに目的は同じ。ヒロインを見つけること。彼らと苦楽を共にすることで物事の本質を理解するようになった。

ただし、冒険には必ず終わりがある。

そして、終わりになって初めて知るストーリーの全容。

私はとんでもない勘違いをしていたのだ。

いや、勘違いではない。

全てが元々狂っていたのだ。

 

マニラ ブログ フィリピン 日本人男性

 

豚すら懐かない私にどうして白馬など乗れようか。

王子だと?

ヒロインだと?

ははっ、童謡すら霞む斬新な冗談は止めてくれ。

人間はそんな陳腐な枠に嵌るように創られていない。

 

これから始まるのは、クレイジーマニラっつう未知の物語だ。

 

 

【レンジブログ201】クレイジーマニラ終了の終了

 

ーー時は2020年。世界的なパンデミックが始まり、海外渡航が厳しく制限された。後に東京オリンピックが延期され、いろいろな意味で記憶に残りやすい西暦となった。

それから約二年、渡航制限は続いた。

その間、マニラへの渡航を何度か画策したが日本での仕事や立場を優先するため断念した。

またその年、私とオノケンはそれぞれの道へ進むことになった。

「ケンさん、じゃ」

「レンジさんもお元気で。マニラ行けるようになったら行きましょうね」

「……うん」

 

決して正直な気持ちは話せなかった。私の中ではマニラでの冒険は終了していた。やり残したことは無い。壮大なRPGをクリアした気でいたのだ。

この度のパンデミックもケンさんとの別れもクレイジーマニラの終了も、どれもタイミングが良かった。私はマニラを忘れ、新しい環境で心機一転頑張るぞという思いだった。

その後、ケンさんや他のライターさんが記事をアップしてくれた。嬉しかったが後ろめたい気持ちの方が強かった。

もう辞めよう。

マニラへ通うなんて、ブログを書くなんて。

 

ーー私の人生はパンデミック中も波瀾万丈だった。仕事の方は順調だったが、私生活は荒れていた。

例えば、地方都市にタレントとして来日したミユキ。私は彼女の乳を揉みしだくまでは死ねないと誓った。しつこく通い、一か月ほど要したが見事揉みしだいた。

ちなみにシャイニングピンクではなく、干し柿のような乳首だった。

乳首に罪は無い。しかし、女性との駆け引きは落とす過程が楽しいのであり、手に入ると新たな獲物を探したくなる。私は二度とミユキを同伴に誘うことはなかった。

 

また、社内恋愛をした。新卒の妖女に惚れてしまい、ダメ元で告白。二回目の返事でOK。

舞い上がった私は夜の街で「彼女、処女らしいんだけど。どう抱いたら良いかな?」とアドバイスを乞うた。久しぶりの純愛に胸が躍り、毎日のメールや電話が最高に楽しかった。

そして、付き合い始めて二か月。

大切に関係を温めて、そろそろ頃合いだと思っていた時。彼女から電話が。

「レンジさん、別れてください」

「うえっ、カナちゃんどうしたの急に」

「私、男性がダメなんです」

「えっ?」

「女性が恋愛対象なんです。言い出せずにごめんなさい」

「そう…… 女性が好きなカナちゃんも好きだよ」

デュアルでも歓迎だ。私はどうしてもヤリたかったのだ。

「ごめんなさい。諦めてください」

「そんなこと言わないで。俺は大丈夫だから」

「レンジさんから告白されて。私、怖くて断れなかったんです」

「えっ? なんで……」

「気持ち悪いので。本当に無理なので」

「ぶふえぇっ!」

水没レベルで噴き出たのだろう、ヨダレでスマホが故障した。

 

後日、社内のコンプライアンス委員会から呼び出し。重大事案として報告され、処分を受けた。示談成立後も晒し者へ容赦ない視線。鋼のメンタルで耐えるが信頼回復は無理と判断。概ね諦めた。この件の社会的制裁は数年続くだろう。

 

ーー2021年の冬。名古屋にてライターのポットさんと面会した。

話題がクレイジーマニラのことになると胸が苦しかった。

『ポットさん、申し訳ありません。クレイジーマニラは終わったんです』

しかし、言い出せなかった。

 

ーー2022年になり、パンデミックも落ち着いてきた頃。

私は複雑な気持ちでその電話に出た。

「レンジさん、そろそろタイミングでしょ! チケット取りましょうよ!」

「そうだね。ケンさんの都合は…… いつにする?」

そう聞きながらも、私は『行きたくない』と思っていた。

理由はいくつかある。

まず、マニラへ向かうための目的の女性が居ない。マリーについては以前マラテで働いていると連絡があった。私は仕送りなどはせずに放置していた。彼女は強い。大丈夫だ。直近の連絡では「マラテの客層はやっぱ悪いから」とマカティに移ったらしい。

 

マルコについては「もうマニラには戻らない」と、フィリピンの家族をごっそり移住させる段取りをしている。

 

また、年度始めの頃から渡航制限が緩和されたため、マニラへの外国人旅行者が若干増えたとのこと。PCR検査の陰性証明が障壁となるが。

それを伝えるメッセージが各所のKTV嬢から送られてきた。ザリからも。

「レンジ、久しぶり。会いたい」

メッセージが来るタイミングよ。夕方のニュースで今俺も知ったわ。日本外務省のHPでもチェックしてんのか。

以前ならば燃え滾る股間を押さえただろう。彼女たちの目的はポイント。お金だ。それが分かっていても足が勝手に運ぶほどモチベーションは高かった。

しかし、今は。そんな意欲は無い。

『マニラの無限ループから抜け出したい』と、その通りに願いが叶った。頃合いだったのだ。

ここで戻るという選択肢を自ら選ぶ必要はない。

 

「レンジさん、8月の中旬はどうですか?」

「……良いんじゃない」

「僕ね、ハナの体が忘れられないんですよ。次行ったら抱き散らかしますからね!」

「ははっ、羨ましいよ」

彼との温度差を感じた。乗り気になれない。

ケンさんよ、『欲求を満たすだけなら近場の風俗で良い。マニラへ行く意味は別にある』なんて言ってたの忘れたのか。ハナの乳揉みたいだけじゃん。

しかし、無下に断ることもできない。

「ほら、この時期なのに結構安いですよ! このフライトで行きましょう!」

「……そうだね」

 

向こうでPCR陽性出たらどうすんのよ。帰国出来ず隔離でスケジュールが変わると数日でも大問題だ。

それは彼も承知しているようだが「乳乳乳っ!」と圧が凄い。こうなれば「ごめん。陽性だわ」って嘘ついてドタキャンするか。いや、ケンさんをこの時期一人でマニラへ向かわすのは危ない気がする。行くなら俺も付いていないと。

 

マニラを忘れたい。でも、マニラで笑いたい。多少なり葛藤があった。

『もう一度、ケンさんとマニラの街を歩けるなら』

先輩後輩の関係を超え、戦友としての絆。それが再び私をマニラへ向かわせる最大の理由だった。

今まで積み上げたものは何も女性関係だけではない。

ブスが悩むな。クレイジーマニラ終了なんていうのは終了だ。

 

ーー電話を切った10分後、ケンさんにメッセージを送った。

 

「フライト、ホテル取ったよ」

 

 

 

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[筆者より]

読者の皆さん、お久しぶりです。クレイジーマニラのブス担当レンジです。とうとうこの日がやってきてしまいました。レンジブログ再開です。あーだこーだ言いながら、いざスタートするとワクワク半分ムラムラ半分。さっそくブログ連載の大変さを思い出しました。

ただ、以前のように毎日更新するのは難しく不定期になるかと思います。

ある程度のクオリティを一記事に込めようとすると、どうしても3,000~5,000字程度になります。私はどのストーリーも捨て記事のようなことはできず、渾身のものを発信したいのです。

つまり、妥協できない性格なので、やっつけ仕事のような記事は出しません。私の100%をどの回にもぶつけます。

いつまで続くか不明ですが、どうぞ今後ともよろしくお願いします。

 

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レンジ
オノケンと同じ会社の先輩であったレンジ。数年前からマニラを訪れるようになり、やがて現地法人を持つまでに。趣味は海外サッカーTV観戦。 実体験に基づいたフィリピンにおけるマニラの闇、貧困と格差、現地ビジネスなどオノケンとは違う視点の記事をアップしていきたいと思います。

10 コメント

  1. おはようございます、そして待望の連載再開ありがとうございます!
    スタートからまさかの日本での羞恥をさらけ出して頂けるとは( ゚∀゚)・∵ブハッ!!
    さすが漢レンジ(笑)これからも楽しみにしてますが、無理のない範囲でお願い致します🎶

  2. レンジさん、
    復帰おめでとう㊗️ございます😆
    マニラに行くまでも濃厚な時間を過ごされてたんですね。羨ましい…でいいんですよね⁉️
    これからの展開が楽しみで仕方ありません。
    レンジさんのペースで更新していってください。

  3. レンジさんの復活心より嬉しく思います。また再開してくださりありがとうございます。ケンさんからのバトンタッチ見事でしたね。早速一話目から笑いました(電車の中じゃなくてよかった🤣)。ペースについてはもうホントレンジさんもケンさんも気を使いすぎですよ。逆に恐縮です。お二人のブログなんですからお二人のペースで良いんですって。更新を待つ楽しみや喜びもありますから。ホントありがたく毎回読ませていただいております。感謝感謝🙏🏻

    • かーわんさん、いつもありがとうございます!はい、マイペースでと思いつつ他の人からはペースを間違えていると言われます。基本、平日アップしていこうと思います!

  4. いや、腕が落ちるどころか、上がってませんか?
    例の大仕事をやってのけたからですか?
    また挿絵の秀逸さよ。一瞬ナポレオンかと思いましたけど、よく見たらナポリタン好きなレンジさんでしたね。

  5. 連載再開ありがとうございます。待ってました。オノケンさんと同じくレンジさんのブログも大好きです。これから楽しみに読ませていただきます。さっそくレンジさんらしい文章に期待が膨らみます。

    • コメントありがとうございます!はい、出来るだけ読みやすい文章を心がけています。描写は実際を忠実に再現するように。今後ともよろしくお願いします!

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